今宵もJAZZに囲まれて・・・

2009年11月に念願のJAZZ BAR Sweet Rainをオープン。 よちよち歩きで、何とかやっています。 飲み食べ歩きは激減。

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板倉克行さんのこと

1月10日の朝、ピアニストの板倉克行さんが天国へと旅立ちました。
享年70歳。
早すぎる死でした。




板倉さんが私の友人Iさんに連れられふらりと店にやってきたのは、2011年の3月頃。

騒の恵美さんから「聴かなくてはいけないピアニスト」と教えられていたにも関わらず、子育て等で暫く冬眠し聴く機会を失っていた私にとって、「板倉克行さんで~す。」と紹介された酔っ払いのオジサンの第一印象は「?・?・?」。
ちょっと呂律が回らなくてガハハハハと笑う豪快なヨッパ、そんな彼が弾くピアノがどんなものか想像できなかったから。


でも、ピアノに座った彼の指先から最初の一音が飛び出た時、そんな懸念は一瞬で吹き飛んだ。
透明で鋭く尖った音の柱が、いくつもいくつも昇っていく、キラキラキラキラ輝いて・・・
店のピアノが違うピアノになったように、今まで聴いた事のない美しい音を出したのにもびっくり。


彼が最初に出演する日に恵美さんから電話があり、30年ぶりの電撃再会(といっても電話だけれど)を果たしたのは前にも書いたけれど、もっと彼のピアノを聴きたいのと、恵美さんに「板倉をお願いね」と託されたこともあって、板倉さんには月一回出ていただくことに。
最初のライブが4月6日、最後のライブが2013年3月20日、2年間24回の出演。
本当は、25回目も26回目も27回目も決まっていたのに、聴くことはできなかったなぁ。

ライブの日を決め暫くしてから「○月△日は××××とデュオでやります」等のメールが届く。
彼のメールはホントに短くて、「元気?」だけに花の写真が添えられていたり、雪景色が写っていたり。

そうそう、突然福島に移り住んだりもしたなぁ。
ライブのある日は福島から高速バスでやってきて、荷物を置いたら銭湯へ行って「あ~、さっぱりした~」と言いながらピアノの前に座るのが常だった。

やっぱり東京に帰るって住む場所決めて、引越しの前日に「吐血しました。2週間の入院です」というメールが来てびっくり仰天大騒ぎ、なんてこともあった。
その時は「無事退院、明日から東京です」というメールが届いて一安心だったのだけれど・・・

東京に戻って、昼間は散歩したり図書館に行く毎日だったそう。
大抵は万葉集を読んでいると言ってたけれど、夜のヨッパ姿と違って昼間は知的なオジサン。
実際、読書量がすごくて知識の豊富な方でした。

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板倉さんの譜面は独特で難解。
この譜面のどこにあんなメロディが書かれているのか、私にはちんぷんかんぷん。

「昔は頭の中に見える音を全て弾いていたけれど、今は弾かなくてはいけない音だけ光って見えるんだ。だからそれを選んで弾いているんだよ」

この譜面が、彼の頭の中に繋がっていったんだろうなぁ。

「これでいい、と思って止まってしまった奴はダメだ。今日やった事は全て捨てて、新しい何かを見つけていかないと。そういう奴としか、俺は一緒にやりたくない。」

共演者について話していた時の彼の言葉。

万葉集をテーマにした彼の曲の発表ライブで、その思いを感じられた気がした。

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店のピアノはアップライトなので、背中しか見えないのだけれど、何とか顔が見える一枚。
森 順治さん、梅津 和時さんと。



お酒が好きだけれど、お酒に弱くて、焼酎のロックを2杯目から水割りにしても気付かないくらい。
3杯目はほとんどお水の水割りを楽しそうに飲む。

笑い方が豪快。豪快だけど心は繊細。

酔っぱらうと「バカヤロウ」が口癖。

忘れ物大臣で、毎回必ず何かしら忘れて帰る人。
セーター、Tシャツ、小物類、CD、携帯の備品、などなどなど。

若い女性が好き。
お見舞いに行った時「今度は若いきれいな女の人連れて来るね」と耳元で話しかけたら、目玉をぎょろりと動かしたっけ。

あ~あ、もう一度聴きたいなぁ、板倉さんのピアノ。

最後に出たのは3月20日、その9日後に事故で入院。
演奏が終わったあと「やりたいことが頭の中に渦巻いているんだ。それをどんどん形にしなきゃ。まだまだ死ぬわけにはいかないよ、ガハハハハ~」そう言っていた板倉さん。
どんなことをしたかったのかな、聴けないまま逝ってしまったのが心残り。

でも、あの日は忘れ物をしなかった。
「すごい、今日は何も忘れて帰らなかった、奇跡だ!」なんて帰った後に話していたのだけれど・・・。
忘れていたら、何かが変わったかな・・・なんて思ったりもする。




4月1日、板倉さんの追悼会を開きます。
最後のライブ、ベースの田嶋真佐雄さんとのデュオの録音を皆様に聴いていただき、その後お店で彼と共演した方々のセッションをする予定です。

詳細はこちら

板倉さんに笑われないように、いい会にしたいな、と思っています。













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パット・メセニー ユニティバンド

pmub

先週末、ブルーノート東京でのライブに行ってきました。

メセニーは来る度に観ているのだけれど、変わらず素晴らしいサウンド。
やっぱり天才だなぁ。

今回は何としてもクリス・ポッターを観たかった&聴きたかったのだけど・・・

その超絶サウンドに圧倒されて、ただただびっくり。

いや~~~、こんなに凄い人がいるとは・・・

参りました。

次回は彼のリーダーバンドを聴きたい、観たい。

誰か呼んでくださいませ。

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大好きなベーシストがついに初来日

アリルド・アンデルセン・・・ECMのレコードでお馴染のベーシスト。

ヤン・ガルバレイク、ボボ・ステンソン、ヤン・クリスチャンセン、アリルド・アンデルセン
30年前から、こんな名前が並んでいる新譜をみつけると、迷うことなく買っていたなぁ。

その彼がついに初来日というのを、東京JAZZのツイッターで見つけたのだけれど、5日は都合が悪くて行けそうもない。
なので、どこかでライブがないか必死になって探したら・・・

ありましたよ~。ECM系に強いオフィス・オーサワさんの企画です。

こちらがそのブログ記事


今回を逃したら、もう2度と観られないかもしれないので、意を決して行くことにしました。
なので、4日土曜日の昼間営業はお休みさせていただきます。

申し訳ないけれど、JAZZファンなら、私の気持ちを理解してくださると勝手に解釈して、行ってきます。

ごめんなさい。





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稲葉さん

18歳の時、初めて「いなばくにみつ」というベーシストを知った。
今はもうない六本木の「ミスティ」というジャズクラブで、アン・バートンがライブをした時のレコードを聴いて。

ミスティは、俳優座の横道を入って、防衛庁(今のミッドタウンです)にぶつかる角のあたりにあった。
菅野邦彦さんがハウスピアニストで、スタンウェイのピアノがあって、とても18歳の女の子が行けるような店じゃないけれど、しっかり店の場所だけは確認してたなぁ。いつか行けたらいいなと思って・・・

そのライブ盤「ミスティ・バートン」のベーシストが稲葉さんだった。
B面でアン・バートンが「クニミツ・イナーバ」と紹介していて、私の好きなベースの音とフレーズ。
一度で大好きになった。
勝手に「日本のレイ・ブラウン」と位置づけて、稲葉さんだけは別格!・・・だったのです。


お店でライブをするようになって、どうしても稲葉さんに出て欲しかったけれど、つてがない。
自分のお店で稲葉さんが弾いてくれるなんて、叶わぬ夢と思っていたら・・・


ある日、石松でよく会うYさんが、稲葉さんの息子さんと繋がりがあることが判明。
もちろん、拝み倒してお願いしました。

願いが叶って、お店の下見に来てくれて「やりましょう」と言ってくださった時の天にも昇る気持ち・・・


そしてそして、22日についに実現したのです。
「稲葉国光トリオ」のライブが・・・

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チューニングをしているお姿&生音から、もうメロメロ・・・

ベテラントリオの演奏は、リハーサルも打ち合わせもなく、「じゃ、やりましょうか」で幕を開けた。
キッチンにいた私は、稲葉さんと壁1枚挟んだ格好に、音がビンビン聴こえてくる。

「いいな~、なんて凄いの!」

最初の曲で圧倒されまくり。

何とかがんばって料理を出して、客席側から演奏を観る。

誰だ、日本のレイ・ブラウンなんて言ったのは・・・私だけど・・・



稲葉国光は稲葉国光だった!



なんてよく歌うんでしょう、ベースソロなのにものすごい歌っている。
その歌が、キラキラした塊になって、客席を通って私のところまで流れてくる。
彼の思いや温かい気持ちが込められた歌(ソロ)は、優しくてとても柔らかい。
テクニックはもちろん凄いのだけど、ゴリゴリしていない、絹のベールを1枚被せたようなふんわりしたものがある。
心があったかくなる、幸せな気持ちになれるベースでした。


もちろん原田さんのバリトンも岩崎さんのピアノも素晴らしくて、すごくいいライブだったな~。
お客様もみんなとっても満足してくれて、お願いしてよかったな、としみじみ思ったのでした。

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ライブが終わってから、ミスティバートンにサインしていただきました。
私が18歳の時のレコードです。

30ウン年の時を経て、やっと稲葉さんに巡り会えた。
そんな気持ちでとても幸せ・・・。


ありがとうございました。




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衝撃的なニュースが次々と・・・

先週末、JAZZの指南本、スィングジャーナル誌が7月号で休刊に、という情報が飛び込んできました。

経営コンサルタントをしている週末マスターから、広告代理店等を通じて「夏には休刊か・・・」という噂は耳にしていたので驚きはしなかったけど、ジャーナルが持つ偉大さとか背景にあるものを考えると、「なぜ?」というのが正直な感想。

私の感じでは、アメリカのダウンビート誌と肩を並べるくらいの雑誌でした。
JAZZを聴き始めた10代のころ、端から端まで、暗記するくらい読みました。
何もわからなかった私に、いろんなことを指南してくれました。
そして、入社試験も受けました(落ちたけど・・・)
当時の編集長児山さんと社長との面接、日比谷野音のサマージャズの翌日、完璧二日酔いで臨みました。
懐かしい思い出です。




敢えて言わせてもらうなら、最近のジャーナルはおかしくなっていた。
見開き広告を載せるヴィー○○レコードの新譜は、いつでもどんな時でもゴールドディスク。
今のJAZZを真剣に聴き評価している、とは思えなかった。
JAZZは進化し常に進んでいく、と思っていたのに、ジャーナル推奨ゴールドディスクはその真逆。
聴きやすくて日本人に合うイージーリスニング的なジャズ。
どのうちヴィー○○レコードのカタログになっちゃうんじゃないかと思っていた、

それもこれも経営難だったからなのよね。
だけど・・・指南役として伝える情報は、広告主にゴロニャンじゃダメだと思う。
その時点で終わっていたのかもね。


休みを挟んで、今日はハンク・ジョーンズの訃報。
ツイッターは早い、アメリカからすぐ届くんだもの・・・。


2~3年前にコットンクラブでハンク・ジョーンズを観た。
ドラムがオマ・ハキム・・・って、ハンクとは対極の人。


それでも楽しそうに弾いていた。
息子や孫を見るおじいちゃんの視線で・・・・。

終わったあと、通路を歩くハンクと握手。
意外に大きい体だったのと、でかい手、分厚くって暖かくって、あの感触一生忘れない。





時は流れていく、私の思うようにはならないのよね。
悲しい現実を目の前にして、自分に何ができるのかを考えてみた。


答えはまだ出てこないけど・・・

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